ReBITA

対談

KAIKA 東京×墨田区×千葉大学による産官学連携の実践

目次

  1. 旅の拠点から「すみだモダン」を届けたい
  2. 墨田のものづくりを味わう、コーヒーセット
  3. 産官学共創から見えてきた、墨田のものづくりの伝え方

KAIKA 東京は、アート作品を公開保管する「ストレージ」(収蔵庫)とホテルが融合したコンテンポラリーアートの新しい拠点として2020年に墨田区本所で開業しました。一方で墨田区は、区内で生まれる商品と背景にあるストーリーを国内外に伝える取り組みとして、2009年から「すみだモダン」を展開しています。
2026年1月、墨田区と千葉大学の働きかけをきっかけに、KAIKA 東京が地域産業のストーリーを観光客に届ける舞台となり、すみだモダンのプロダクトを体験するイベントが開催されました。ここでは、イベントに込めた思いやKAIKA 東京という場だからこそ担えた役割について、KAIKA 東京の柳萌々さん、墨田区産業振興課の吉倉拓さん、千葉大学工学部総合工学科デザインコース4年産業観光プロジェクト担当の塚田紗代さんによる対談を通して掘り下げていきます。

■プロフィール

墨田区産業振興課 吉倉拓さん(写真右)
2008年墨田区役所入庁。「すみだモダン」の立ち上げに携わる。その後、都市計画部門、企画部門を経て、現在、産業振興課で再び「すみだモダン」担当として、墨田区のものづくりをPRする業務を行っている。

千葉大学工学部総合工学科デザインコース4年 産業観光プロジェクト担当 塚田紗代さん(写真中央)
千葉大学工学部デザインコース4年。同コースの阿形翔・吉谷梨沙子とともに、卒業研究として墨田区産業振興課と連携した「産業観光プロジェクト」に取り組む。ものづくりと観光客をつなぐ提案として本企画を立案した。

KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS 柳萌々(写真左)
2025年株式会社リビタに新卒入社。KAIKA 東京ではフロント業務等に従事し、日々の接客を通じて地域の魅力を一番に語れるスタッフを目指し、国内外から訪れる宿泊客をお迎えしている。

旅の拠点から「すみだモダン」を届けたい

――「東京墨田 職人のまちの珈琲セット」が生まれた背景を教えてください。

墨田区産業振興課(以下、墨田区) 私たちは、墨田区内の産業ブランドを国内外に発信する取り組みとして「すみだモダン」を展開しています。ポップアップストアなどを開催していますが、すみだ北斎美術館や東京スカイツリーに多くの海外観光客が訪れているのに、その層にアプローチできていないという課題がありました。もともと墨田区と千葉大学は包括的連携協定を結んで産業振興の知見を生かしながら、ものづくりの発展に向けた取り組みを進めてきた経緯があり、千葉大学の皆さんに海外からの観光客と新しい接点をつくれないかと相談したのです。結果として、墨田区のものづくりから生まれたコーヒーセットを、KAIKA 東京の宿泊者に体験してもらう企画をご提案いただきました。

――どんなふうに企画したのですか?

千葉大学 工学部総合工学科デザインコース 産業観光プロジェクト(以下、千葉大学) 最初は、墨田区内の事業者さんを回遊してもらう仕組みを考えました。ただ、海外観光客の行動を見ると、墨田区を拠点にして他エリアへ出かける方が多く、区内で過ごす時間は少ないことがわかりました。そこで、観光客が必ず利用する宿泊施設を起点にして、すみだモダンに触れてもらう方法を考えました。

KAIKA 東京 当館も海外からの観光客が年々増えていて、1週間以上の長期滞在で利用される方も少なくありません。滞在中は墨田区内を巡る方もいらっしゃいますが、東京の主だった観光名所を見たあとは地方へ足を延ばす方も多いんです。墨田区のものづくり産業やその魅力について、まだ知られていない部分があると感じます。

千葉大学 そこで、宿泊施設の中ですみだモダンを体験してもらう企画を考えました。墨田区はコーヒーの美味しいカフェが多いまちなので、すみだモダンの中からコーヒーにまつわるプロダクトを選んで「東京墨田 職人のまちの珈琲セット」を作りました。KAIKA 東京の宿泊者にスタッフの皆さんから声をかけていただき、カフェの営業が終了する19時以降の時間帯で、すみだモダンの商品を使ってご自身でコーヒーを淹れる体験型イベントを企画しました。

墨田区 実は以前から、コーヒーを切り口にしたキュレーションができないか考えていました。今回のご提案は、まさにその思いが実現できる企画だったんです。

KAIKA 東京 会場となったKAIKA 東京の1階ラウンジには、カフェ「safn゜」があり、7〜10時は朝食、11〜19時はカフェとして営業しています。19〜24時は宿泊者に開放していますが、この場所でアート鑑賞以外の楽しみ方も提案できないか模索していたタイミングでした。本所にあるホテルとして墨田区と一緒に取り組める企画であること、地域との関係性を大切にするTHE SHARE HOTELSの考え方に重なる内容で、ぜひご一緒したいと思いました。

千葉大学 KAIKA 東京は、地元と一緒につくる姿勢を大事にされていることと、海外からの宿泊者が多いということでお声がけさせていただきました。

千葉大学工学部総合工学科デザインコース4年 産業観光プロジェクト担当の塚田紗代さん

墨田のものづくりを味わう、コーヒーセット

――「東京墨田 職人のまちの珈琲セット」の紹介をお願いします。

千葉大学 ハンドドリップケトルは、昌栄工業さんの「cupPot」です。日本人が好きな深煎りのコーヒーは、お湯を多めに注ぐことで美味しく淹れられるので、注ぎ口を丸くしてお湯がまっすぐ落ちるように設計されています。コルクの上のラインがコーヒー1杯分の湯量の目安になっていて、コルクの保温性もあってお湯が冷めにくいです。

墨田区 cupPotの元になった商品が「kaico ドリップケトル」で、湯口の監修を自家焙煎珈琲専門店「Café Sucré」が手がけています。お湯の注ぎ加減を繊細に調整できる形を目指して、何百回も調整を重ねて完成させたと聞いています。

――今回はCafé Sucréのドリップパックを3種類用意して、好みで選べるようにしていますね。

千葉大学 浅煎りと中煎り、夜のイベントということでデカフェの3種類を用意しました。豆のセレクトはCafé Sucréと相談して、海外の方にも人気があるものを選んでいます。

墨田区 Café Sucréの楡井さんは、日本初の国内加工によるデカフェブランド「innocent coffee」を立ち上げた方です。安心して飲めるコーヒーを届けたいという思いで、焙煎まで丁寧に手がけられています。デカフェも、コーヒーの美味しさをしっかり味わえます。

墨田区産業振興課の吉倉拓さん

千葉大学 「安宅漆工店」の本漆塗りマグカップは、一見すると1万円以上という価格に驚くかもしれませんが、職人が数年かけて何層にも漆を塗り重ねています。漆は耐熱性があるのでコーヒーを注いでも外側が熱くなりにくいし、口当たりのやさしさを感じられます。

墨田区 “本物”をふだん使いしてほしいという思いから、漆塗り職人の安宅さんがつくったマグカップです。漆ならではの艶が素敵ですよね。持ってみるとわかりますが、見た目以上に軽くて持ちやすいのも魅力です。

千葉大学 チョコレートは海外の方を意識して、葛飾北斎の浮世絵が描かれた「ショコラティエ川路」の和ショコラを選びました。

墨田区 墨田区は北斎の生まれたまちとして知られていて、すみだ北斎美術館には海外から多くの方が訪れます。チョコレートというかたちで北斎を紹介できるのは嬉しいですね。お店には、柚子や黒蜜きな粉など、和素材を使用したチョコレートが豊富に揃っています。

産官学共創から見えてきた、墨田のものづくりの伝え方

――今回の取り組みの感想を聞かせてください。

墨田区 千葉大学の皆さんは、すみだモダンの中から一方的に選ぶのではなく、事業者さんと対話を重ねながら企画を組み立てていました。その姿勢があったからこそ選択肢が広がって、今回の企画にたどり着けたのだと思います。まちの人たちと共創する視点を持っている点が印象的でした。

千葉大学 企画を考えるにあたって墨田区の店舗を巡ったのですが、お店の方が「次はあそこも行ってみて」と別のお店を紹介してくれるんです。人と人のつながりに魅力を感じて、そこから企画の可能性が見えてきました。

墨田区 いわゆる“下町人情”だと思います。すみだモダンの事業者さんたちは、損得よりも「面白そうだからやってみよう」という前向きな方ばかりです。今回はイベントに参加した皆さんが楽しんでいる様子を直接見ることができたので、その声を事業者さんに返して、次のものづくりにつなげていく循環を続けていきたいと思っています。

千葉大学 「食」が入口の企画なので、コーヒーやチョコレートがメインになってしまわないか不安でした。実際には、cupPotや漆のマグカップなど、道具そのものに関心を持ってくれる方が多くて、商品の良さを体感されている手応えを感じました。KAIKA 東京はアートをテーマにしたホテルで、宿泊される方もものづくりへの関心が高かったことが、イベントの質を高めてくれたと思います。

KAIKA東京 フロント横のショーケースでは、ストレージに入居するギャラリーやアーティストに関連するプロダクトも販売していて、九谷焼の湯呑など人気が高いのですが、特に海外の方は商品について積極的に声をかけてくれます。今回の企画では葛飾北斎のチョコレートや漆のマグカップを取り扱うと聞いて、KAIKA 東京のお客様ならば関心を持ってくださると感じていました。

KAIKA 東京の柳萌々

――イベントの実践を踏まえて可能性を感じたこと、今後挑戦したいことを教えてください。

千葉大学 すみだモダンのプロダクトの中で、デザイナーとコラボレーションして新しい表現に挑戦している伝統工芸に魅力を感じました。一方で、その背景や意図があまり伝わっていないケースもあったんです。日本を訪れる方に、墨田区のものづくりの文脈をどうわかりやすく翻訳して届けていくか。これからもっと掘り下げていきたいです。

墨田区 これまで区としては単独の催事が中心でしたが、今回の取り組みは、産官学それぞれの強みを横断的に活かせたところに学びがありました。KAIKA 東京の空間の魅力、墨田区の事業者さんがこれまで積み重ねてきたものづくりの経験、千葉大学の企画デザイン力が掛け合わさったことで、多くの方に楽しんでいただけたと感じています。新たな連携モデルとして一歩を踏み出せた手応えがあるので、単発イベントで終わらせず、継続的な取り組みに育てていきたいと思います。

KAIKA 東京 墨田区のものづくりとこのような形で関わる機会はこれまでなかったのですが、今回の企画では、よりローカルな体験を求める海外のお客様は、墨田区の下町の空気感や職人の手仕事と相性が良いことに改めて気づきました。すみだモダンに認証された事業者の工場や、昔ながらの銭湯、祭りや相撲部屋といった文化も含めて、このまちの奥行きを宿泊者の皆さんに味わってもらいたいなと感じました。

墨田区 墨田区は、まちに入り込んで歩くほどに面白さに気づく深みのあるまちだと思います。その魅力を、KAIKA 東京という場を通して海外からの来訪者に伝えていただけると、とても心強いです。

この記事の関連情報

KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS
https://www.thesharehotels.com/kaika/
「東京墨田 職人のまちの珈琲セット」
開催概要:https://sumida-brand.jp/news/122/
実施日:2026年1月9日(金)~18日(日)19:00~22:00 ※金土日のみ開催
主催:墨田区
企画・運営:千葉大学 工学部総合工学科デザインコース 産業観光プロジェクト
協力:KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS(株式会社リビタ)

writing&interview_ 石川歩
photograph_ 平瀬夏彦
取材・撮影 :2026年1月

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