第3章 最終回! NYに学ぶこと
April 24, 2008

自由の女神
<<前のエピソード『ついにNYに舞い降りる!』
こんにちは。リビタ 内山です。
NYリノベーション視察報告も、今回で最終回になります。もっとたくさんお伝えしたいのですが、私の想いを凝縮させてお届けしますのでどうぞ最後までお付き合いください。
さて、NYにいってからというもの、日々、日本との違いを痛感させられていましたが、最終回の今回は、その中で特に「日本人が見習うべき」と感じたことを2点とりあげたいと思います。
1:Power & Speed ! ~底知れぬパワーのまちづくり!~
まずは、開発を行う時、何かを成し遂げようとするときの、国全体のパワー!
例えば第2章で紹介した「ミートパキングディストリクト」のように、以前は危険といわれていたエリアが、精肉工場跡をうまく活かして高感度なブティック街に変えてしまった事例。まるでテーマパークを造るような感覚で、街そのものをリノベーションしてしまうスピードとパワーに驚きました。
日本であれば、地上げという手法で民間企業が資金力をもって、時間をかけながら再開発を行っていきますが、数社がしのぎを削る中で歯抜けになったり、ばらばらの開発が執り行なわれてしまったりすることがあります。一方、NYでは、開発における役割や機能が明確で、それ以前に都市計画のビジョンも明確。さらに、そこには政治が主導となって都市機能を明確に示唆しているのです。こうした行政を巻き込んだ取り組みによって、きわめて合理的に街を作り上げていく姿勢に、NYの底知れぬパワーを感じました。
同じような事例ですが、かつてはアーティストが多く住んでいたSOHO地区。現在でも、条例によって「アーティストしか住んではいけない」という縛りがあるらしいです。もともとは、産業地区として栄えたこの地区は、大恐慌のあおりを受けて荒廃したところに、コーポラティブの手法に近い「共同組合方式」で、高い天井高に魅力を感じたアーティストやギャラリーの経営者たちが、次々に空き家を買い上げたのが始まりだそうです。ここでもきっと、行政を巻き込んで、まちづくりをしたのでしょうね。現在では、この空間に魅力に感じ、ギャラリーだけでなくレストランやバー、ブティックなどが軒を連ねる街となっています。ちなみに今、日本のユニクロやMUJIもこの地区に出店されていますよね。

SOHOのショップ(SABON)今度日本にできます。

SOHOのリノベホテル
そして、このSOHO地区で、面白い住宅を見ることができたので紹介したいと思います。
私の知人の紹介で、SOHOに住む友人を紹介されました。家に招待していただいたのですが、そこで見たものは・・・恐らく日本では見たことがない・・・まったく新しい価値観の住宅でした。最初に申し上げておきます。 私自身はいたく共感できましたし、むしろ、うらやましくも思いました。

SOHOの住宅 元は、、、
そこはなんと・・・。約100年前に建てられた、【元ハーモニカ工場】。それをなんと「3棟」に分離し、それぞれに入口を設け、“ワンフロアーに一つの住宅“という形に分棟された「高級アパートメント」だったのです!!
外から見ると、なんてことないビルのような・・・住宅のような・・・建物だったのですが、いざ中に入ってみると、天井高は工場のスケルトンそのもの!(4メートル近くありました) さらに、ボーリングができそうなぐらい長い廊下のある、約70坪ほどの巨大空間(ワンフロアー)でした!もちろんインフィルはデベロッパーが分譲した後に、友人が思いのままに作りこんだそうです。暖炉はDIYで作り、個性的ですばらしい空間がそこにはありました。いくらで購入したかはお伝えできませんが、日本の都心の新築マンションとそんなに変わりない・・・とでも申し上げておきましょう。

SOHOのマンション(元ハーモニカ工場)リビング

SOHOのマンション(元ハーモニカ工場)長い廊下
2: Landscape aesthetics~景観美を、尊ぶ~
さて、もうひとつの日本との違いの話。それは、景観を守ろうとする意識の高さです。 例えばヨーロッパ諸国では、街の歴史も長く、当時の遺産ともいえる石造りの建物を残そうとする意識が高いというイメージがありますが、実はこのNYも、昔の建築様式で建てられた建物が多く存在する地域では、「歴史保存地区」に認定され、これらは積極的に残され続けているのだそうです。SOHOもそういった地区に当然指定されています。
日本では、土地や建物の所有・権利が主張され、さらに耐震性の問題がクローズアップされ、すぐ壊されてしまうような建物でも、欧米ではそれらをうまく活かし続ける仕組みができているのです。その結果として、街が趣を残したままきれいに維持され、建物と街と地域の美観=資産価値にもつながるのです。日本人も、これからは本当の意味で“不動産の価値がどこにあるのか?”を広い視点で考え、街の在り方、作り方そのものに、もっと興味をもち、これまでのようにスクラップアンドビルドを繰り返すのではなく、景観をデザインすることの必然性をもっともっと考えてほしいと思います。それは、私たち不動産関係者は当然のこと、行政も、暮らす人も、日本全体が目覚めてほしい「あるべき姿」ではないかと思います。

5番街の街並み
そんなわけで・・・ 毎日驚きと感動のNYリノベーション視察ツアーでした。皆さんも(行ったことがない方は)是非NYに行ってみてください。
私が書いたこと以外にも、もっともっと多くの発見があると思います。そして、あるがままに感じたこと、発見したことを、周りの人にどんどん伝え広めていってください。
私は今回の自分の体験を、リビタの社員はもちろんのこと、パートナーの皆様や、住まいを取得したいと願う人々に伝えなければと思い、この場を借りて綴らせていただきました。同じ想いを共感すれば、きっと「あるべき姿」に早く近づくことができます。みなさん!これからも、日本の住宅を、街を、より魅力的にしていきましょう!
■そして、最後に・・・。NYを去る前に。
最後に・・・。ちょっとプライベートなお話ですが、大切な想いを記したいと思います。
実はNYに行った際、是非行きたいと思っている場所がありました。そうです。グランドゼロです。現在では、以前と同様の「ワールドトレードセンター」と呼ばれることも決まり、その象徴として「フリーダムタワー」と呼ばれる541メートルのタワーが建設される計画が着々と進んでいます。この高さは、アメリカの独立年にちなんで17760フィートから決まったようです。いかにもアメリカらしい考えですが、私がここに行こうと思った理由は、その建設の様子を伺いたかったからではありません。
実は2001年9月11日に起こった、あの同時多発テロの時、タワーの最上階にいてテロに巻き込まれた方の中に、自分自身がとてもお世話になったお客様がいました。当時、建築予定であった、あるコーポラティブハウスの組合員の方でした。いろいろとトラブルを抱えていたプロジェクトだったのですが、逆に勇気づけてもらったことを覚えています。どうしてもその方のことを思うと、ここにいって一度当時の感謝の気持ちをお伝えしたかったのです。現地に着くと、テロの犠牲で亡くなられた方々の名前が、ボードに記載されていました。5分ほど見渡した末に、ようやく・・・その方の名前を見つけることができました。現地の光景を見て、正直複雑な心境でしたが、何故か長い間背負っていた十字架を下せたような、そんな気持ちになりました。心からご冥福をお祈りいたします。
以上で私のNYリノベーション視察レポートを終了いたします。最後までお読みくださりありがとうございました。(みなさまのご意見、ご感想などいただけたら幸甚です。
<終>
まずは、開発を行う時、何かを成し遂げようとするときの、国全体のパワー!
例えば第2章で紹介した「ミートパキングディストリクト」のように、以前は危険といわれていたエリアが、精肉工場跡をうまく活かして高感度なブティック街に変えてしまった事例。まるでテーマパークを造るような感覚で、街そのものをリノベーションしてしまうスピードとパワーに驚きました。
日本であれば、地上げという手法で民間企業が資金力をもって、時間をかけながら再開発を行っていきますが、数社がしのぎを削る中で歯抜けになったり、ばらばらの開発が執り行なわれてしまったりすることがあります。一方、NYでは、開発における役割や機能が明確で、それ以前に都市計画のビジョンも明確。さらに、そこには政治が主導となって都市機能を明確に示唆しているのです。こうした行政を巻き込んだ取り組みによって、きわめて合理的に街を作り上げていく姿勢に、NYの底知れぬパワーを感じました。
同じような事例ですが、かつてはアーティストが多く住んでいたSOHO地区。現在でも、条例によって「アーティストしか住んではいけない」という縛りがあるらしいです。もともとは、産業地区として栄えたこの地区は、大恐慌のあおりを受けて荒廃したところに、コーポラティブの手法に近い「共同組合方式」で、高い天井高に魅力を感じたアーティストやギャラリーの経営者たちが、次々に空き家を買い上げたのが始まりだそうです。ここでもきっと、行政を巻き込んで、まちづくりをしたのでしょうね。現在では、この空間に魅力に感じ、ギャラリーだけでなくレストランやバー、ブティックなどが軒を連ねる街となっています。ちなみに今、日本のユニクロやMUJIもこの地区に出店されていますよね。

SOHOのショップ(SABON)今度日本にできます。

SOHOのリノベホテル
そして、このSOHO地区で、面白い住宅を見ることができたので紹介したいと思います。
私の知人の紹介で、SOHOに住む友人を紹介されました。家に招待していただいたのですが、そこで見たものは・・・恐らく日本では見たことがない・・・まったく新しい価値観の住宅でした。最初に申し上げておきます。 私自身はいたく共感できましたし、むしろ、うらやましくも思いました。

SOHOの住宅 元は、、、
そこはなんと・・・。約100年前に建てられた、【元ハーモニカ工場】。それをなんと「3棟」に分離し、それぞれに入口を設け、“ワンフロアーに一つの住宅“という形に分棟された「高級アパートメント」だったのです!!
外から見ると、なんてことないビルのような・・・住宅のような・・・建物だったのですが、いざ中に入ってみると、天井高は工場のスケルトンそのもの!(4メートル近くありました) さらに、ボーリングができそうなぐらい長い廊下のある、約70坪ほどの巨大空間(ワンフロアー)でした!もちろんインフィルはデベロッパーが分譲した後に、友人が思いのままに作りこんだそうです。暖炉はDIYで作り、個性的ですばらしい空間がそこにはありました。いくらで購入したかはお伝えできませんが、日本の都心の新築マンションとそんなに変わりない・・・とでも申し上げておきましょう。

SOHOのマンション(元ハーモニカ工場)リビング

SOHOのマンション(元ハーモニカ工場)長い廊下
2: Landscape aesthetics~景観美を、尊ぶ~
さて、もうひとつの日本との違いの話。それは、景観を守ろうとする意識の高さです。 例えばヨーロッパ諸国では、街の歴史も長く、当時の遺産ともいえる石造りの建物を残そうとする意識が高いというイメージがありますが、実はこのNYも、昔の建築様式で建てられた建物が多く存在する地域では、「歴史保存地区」に認定され、これらは積極的に残され続けているのだそうです。SOHOもそういった地区に当然指定されています。
日本では、土地や建物の所有・権利が主張され、さらに耐震性の問題がクローズアップされ、すぐ壊されてしまうような建物でも、欧米ではそれらをうまく活かし続ける仕組みができているのです。その結果として、街が趣を残したままきれいに維持され、建物と街と地域の美観=資産価値にもつながるのです。日本人も、これからは本当の意味で“不動産の価値がどこにあるのか?”を広い視点で考え、街の在り方、作り方そのものに、もっと興味をもち、これまでのようにスクラップアンドビルドを繰り返すのではなく、景観をデザインすることの必然性をもっともっと考えてほしいと思います。それは、私たち不動産関係者は当然のこと、行政も、暮らす人も、日本全体が目覚めてほしい「あるべき姿」ではないかと思います。

5番街の街並み
そんなわけで・・・ 毎日驚きと感動のNYリノベーション視察ツアーでした。皆さんも(行ったことがない方は)是非NYに行ってみてください。
私が書いたこと以外にも、もっともっと多くの発見があると思います。そして、あるがままに感じたこと、発見したことを、周りの人にどんどん伝え広めていってください。
私は今回の自分の体験を、リビタの社員はもちろんのこと、パートナーの皆様や、住まいを取得したいと願う人々に伝えなければと思い、この場を借りて綴らせていただきました。同じ想いを共感すれば、きっと「あるべき姿」に早く近づくことができます。みなさん!これからも、日本の住宅を、街を、より魅力的にしていきましょう!
■そして、最後に・・・。NYを去る前に。
最後に・・・。ちょっとプライベートなお話ですが、大切な想いを記したいと思います。
実はNYに行った際、是非行きたいと思っている場所がありました。そうです。グランドゼロです。現在では、以前と同様の「ワールドトレードセンター」と呼ばれることも決まり、その象徴として「フリーダムタワー」と呼ばれる541メートルのタワーが建設される計画が着々と進んでいます。この高さは、アメリカの独立年にちなんで17760フィートから決まったようです。いかにもアメリカらしい考えですが、私がここに行こうと思った理由は、その建設の様子を伺いたかったからではありません。
実は2001年9月11日に起こった、あの同時多発テロの時、タワーの最上階にいてテロに巻き込まれた方の中に、自分自身がとてもお世話になったお客様がいました。当時、建築予定であった、あるコーポラティブハウスの組合員の方でした。いろいろとトラブルを抱えていたプロジェクトだったのですが、逆に勇気づけてもらったことを覚えています。どうしてもその方のことを思うと、ここにいって一度当時の感謝の気持ちをお伝えしたかったのです。現地に着くと、テロの犠牲で亡くなられた方々の名前が、ボードに記載されていました。5分ほど見渡した末に、ようやく・・・その方の名前を見つけることができました。現地の光景を見て、正直複雑な心境でしたが、何故か長い間背負っていた十字架を下せたような、そんな気持ちになりました。心からご冥福をお祈りいたします。
以上で私のNYリノベーション視察レポートを終了いたします。最後までお読みくださりありがとうございました。(みなさまのご意見、ご感想などいただけたら幸甚です。
<終>
投稿日時 2008/04/24 11:22 | 固定リンク | コメント(1) | トラックバック(0)

